■寺野晴美が語る『音楽履歴書』■■
―今回は、晴美チャンの音楽的プロフィールを聞きたいな、と思うんですけど・・・。
「中学、高校とバスケット部に所属していたので、あまりCD屋とかに入ったことがないんですよ。でも小さい頃からピアノを習っていたり、合唱団に入っていたりしたので、音楽に全然興味がないという感じではなくて、テレビから流れてくるものを普通に聞いたり、後はたまにクラブとかに遊びに行っていたので、そこで出しているCD、ゴールドのCDとか、ジュリアナのCDとかを持っていました。」
―晴美チャンが中学生のころというと、86〜7年。世の中はBOOWYとか、プリプリ、ブルーハーツといったところが流行っていた頃かな?
「光GENJIとか!!」
―うん、うん。あとオニャン子クラブとかね。
「光GENJIは好きでしたね(笑)。なんかわからないけれど・・・。あとユーミンとかも、クラスでは流行っていて、アルバムを持っている子から借りて聞いていました。アルフィーも聞いたかな。小4のときにクラッシュ・ギャルズが出てきて、流行ったんですよ。実は私、プロレスが好きで、はまってしまって、よく聞いていました。」
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■女子プロはカッコイイ■■
―そうなんだ。女子プロレスはどこが良かったの?
「もともと父親がプロレス好きだったので、小さい頃から家でプロレス中継とか見ていたんです。スポーツは観るのも、やるのも好きなので、クラッシュ・ギャルズはカッコいいと思いましたね。もちろん自分でプロレスをやりたいとは、思いませんでしたけど、楽しくって、中3ぐらいまではまっていました。普通、大きな影響を与えた音楽というものは、中学生の頃に聞いた音楽だとか、いうじゃないですか。だけど私は、その頃はあまり聞いていなかったし、そういう興味(ミュージシャンになりたいとか)を持っていたわけでもないんですよ。」
―その頃洋楽では、シンディー・ローパー、マドンナ、MCハマーといったあたりが流行っていましたよね。
「あと、ニューキッズ・オン・ザ・ブロックとか、ボン・ジョビとかだったと思う。とにかく部活が忙しくて、私ははまる暇なかったというか・・・。でも小学生の頃とかは、ベスト10番組とか見ていたので、(中森)明菜さんとか、キョンキョン、チェッカーズとか・・・。」
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■ツボにくるもの■■
―チェッカーズが大ブームの時代。チェッカーズ、吉川晃司、C−C−B、中村あゆみ、渡辺美里、その後にレベッカもブレイクしてという時代ね。ヒット・チャートも充実していたし、アイドルといわれる人たちの楽曲を、ニューミュージックの人たちが書いていて、サウンド的のも充実していた時代。
「観ていて楽しかった。確かに、C-C-B、オフコースも流行っていて、みんなは好きで聞いていたけれど、私は別に!!と思っていたんです。流行っていて耳にしてはいるけど、自分が聞くものと、そうでないものというのは、はっきりしていましたね。それは小さい頃からそうで、童謡とかでも、自分のツボに来るものと、そうでないものがあったみたいです。たとえば〈ドナドナ〉〈さくらさくら〉〈かごめかごめ〉といったマイナーな曲はすごく嫌いでしたね。だけど〈夕焼け小焼け〉〈七つの子〉〈大きな古時計〉〈翼をください〉は好きで、マイナーな中にメジャー・コードが出てくる感じのコード感というのが、好きみたいなんですよ。」
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■影があるけど美しい■■
―なるほど、コード感で反応していたんだ。それなら光GENJIが好きというのも頷ける。
「そうなんですよ。だってすごく良い曲があるんですよ。影があるけど美しいという感じに(心が)持っていかれるんです。今は、ACOさんとか、サザンオールスターズ、姫神、坂本龍一さん、DJクラッシュとかが、好きなんです。」
―ジャンルやスタイルではないんだね。
「そうなんです。一見すると、グチャグチャなんですけど、私の中では、統一感というか、同じように来るものがあるんです。」
text by Mika Kawai
photographs by Keiichi Takahashi
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